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駐在6年で人は壊れるー長期駐在が生み出す『モンスター化』の実態

「あの人、最初はいい人だったんですけどね」

バンコクで長く働いていると、こういう話を何度も聞く。赴任当初は謙虚で熱心だった人が、3年、4年、5年と経つうちに、じわじわと変わっていく。そして気づいたときには、誰も近づかなくなっている。

本人だけが、気づいていない。

これは特定の誰かの話ではない。東南アジアの日系企業で長く働いていれば、必ず一度は目撃する光景だ。そして恐ろしいのは、誰でもそうなりうるという事実だ。

目次

  1. 「バグり」には段階がある
  2. 第一段階:マウントと過信
  3. 第二段階:権力の錯覚
  4. 第三段階:ハラスメント
  5. なぜ6年でバグるのか
  6. 「モンスター化」を加速させる構造
  7. バグらないための処方箋
  8. まとめ——気づけるかどうかが、すべて

「バグり」には段階がある

長期駐在による人格の変容は、ある日突然起きるわけではない。気づかないうちに、少しずつ進行する。

筆者が観察してきた限り、「バグり」にはおおよそ三つの段階がある。最初は軽微な「マウントと過信」から始まり、放置されると「権力の錯覚」へ、そして最終的には「ハラスメント」にまで発展する。

それぞれ見ていこう。


第一段階:マウントと過信

最初のサインは、会話の端々に現れる。

タイ人スタッフへの軽視。「タイ人はこうだから」という一般化が増える。個人を見るのではなく、「タイ人」というカテゴリーで括るようになる。最初は冗談めかしていても、だんだん本気になっていく。

日本本社へのこきおろし。「本社の人間は現場をわかっていない」これ自体は正しいことも多い。問題は、それが建設的な批判ではなく、ただの見下しになったときだ。「どうせ本社はわかっていない」が口癖になり、報告を怠り、連携を避けるようになる。

「タイが一番」という過信。現地に長くいると、「自分はこの市場を誰よりも知っている」という自負が生まれる。それ自体は悪くない。だが、それが「だから自分は何でも正しい」という万能感に変わったとき、判断が歪み始める。


第二段階:権力の錯覚

第一段階が進むと、次は「権力の錯覚」が現れる。

東南アジアの日系企業では、日本本社よりも上の役職に就くことが珍しくない。日本では課長だった人が、タイでは部長や副社長になる。ひとつ上のポジションになる感化だ。これ自体は組織の論理として理解できる。

だが、役職が上がったことと、自分が成長したことは、まったく別の話だ。

ポジションが上がったことで自分が偉くなったと錯覚し始める。部下が従うのは「自分に実力があるから」だと思い込む。だが実際は、役職という権力があるから従っているだけだ。勘違いしているのだ。

この錯覚が生まれると、次のような行動が出てくる。

批判を受け付けなくなる。部下からの意見を「生意気だ」と感じるようになる。そして何より、失敗を自分のせいにしなくなる。うまくいかないことは、すべてローカルスタッフのせい、本社のせい、市場のせいになる。自分は常に正しく、周囲が間違っている—この思考回路が固定化される。


第三段階:ハラスメント

そして、第三段階。これが最も深刻だ。

口調が強くなる。怒鳴る。人前で叱責する。ローカルスタッフに対して、日本では絶対にやらないような言動をとる。「ここは海外だから」という無意識の免責意識が、歯止めをなくす。

パワーハラスメント。役職と経験年数を背景に、部下を精神的に追い詰める。「俺がいなければこの会社は動かない」という意識が、支配的なマネジメントを正当化する。

セクシャルハラスメント。これも起きる。「夜の街」が身近にある環境、監視の目が少ない環境、そして権力の錯覚—この三つが重なると、歯止めが効かなくなる人間が出てくる。被害を受けるのは、声を上げにくい立場のローカルスタッフだ。

ローカルスタッフは辞めていく。だが本社への報告には「現地スタッフの質が低く、定着率が悪い」と書かれる。誰も真実を告げない。告げられる立場にない。


なぜ6年でバグるのか

では、なぜ「6年」という年数が境界になるのか。

一つは、アイデンティティの漂流だ。人は長期間、自分の属するコミュニティの価値観に染まっていく。日本人のコミュニティにも、現地のコミュニティにも完全には属せない状態が続くと、自分が何者かわからなくなる。その不安が、「自分は特別だ」という防衛機制として現れることがある。

もう一つは、フィードバックの欠如だ。日本にいれば、上司・同僚・友人・家族から、さまざまなフィードバックを受ける。だが長期駐在者は、そのフィードバックループから切り離されていく。部下は逆らえない。本社は遠い。家族は帯同していないか、現地生活に精いっぱいだ。

誰も「おかしいよ」と言ってくれない環境が、人を少しずつ変えていく。

そして三つ目は、小さな成功体験の積み重ねだ。現地で長く働けば、それなりの成果は出る。その成果が「自分はすごい」という確証バイアスを強化していく。謙虚さが失われ、学ぶ姿勢がなくなる。成長が止まる。


「モンスター化」を加速させる構造

個人の問題だけではない。組織の構造がモンスター化を加速させる側面もある。

前回の記事でも書いたが、海外子会社は本社の目が届きにくい「無法地帯」になりやすい。現地トップに権力が集中し、誰もチェックできない状態が生まれる。

さらに、日本企業特有の問題がある。長期駐在者を「現地の専門家」として過度に尊重する文化だ。「あの人は10年いるから」という理由で、問題のある言動が黙認される。

日本人駐在員同士の「村社会」も問題を複雑にする。現地の日本人コミュニティは狭い。問題を指摘すれば、自分の居場所を失うリスクがある。だから誰も何も言わない。沈黙がモンスターを育てる。


バグらないための処方箋

では、どうすればいいか。長期駐在を経験した者として、実践してきたことをいくつか挙げる。

① 年に一度は日本に帰り、日本の感覚をリセットする

日本の空気を吸い、日本の友人と話す。「自分がどれだけ変わったか」を確認する機会になる。変わること自体は悪くない。だが変化を自覚することが大事だ。客観的に自分を見つめなおす機会を強制的に持つことが大事だ。

② アウトプットを続ける

ブログでも日記でも何でもいい。自分の考えを言語化する習慣は、思考の歪みを自覚させてくれる。「書いてみたら、ずいぶん偏ったことを考えていたな」と気づくことがある。できれば、アウトプットについて、他人からフィードバックももらおう。

③ 現地採用の日本人と話す

駐在員は特権的な立場にある。現地採用として働く日本人と話すと、自分のポジションがいかに守られているかを実感できる。驕りを防ぐ最良の薬だ。

④ 「天狗になりきらないための方法」を意識的に持つ

これは、駐在員に知ってもらいたい300項目の中にも入れた。具体的な方法は人それぞれでいい。筆者の場合は、「自分が間違っていた瞬間」を定期的に振り返ることだった。

⑤ 信頼できる人間に「最近どう?」と聞いてもらう

自分では気づけないことを、他人は見ている。フラットに話せる関係を一人でも持っておくことが、長期駐在者には特に重要だ。


まとめ——気づけるかどうかが、すべて

「バグっている人」は、自分がバグっていることに気づいていない。これが最も厄介な点だ。

周囲が変わったのではなく、自分が変わった。ローカルスタッフが使えないのではなく、自分のマネジメントが機能していない。本社が間違っているのではなく、自分の感覚が現実から離れてしまった——そう気づける人間は、長期駐在を経てもむしろ成長する。

気づけない人間は、バグったまま帰国し、日本でも同じことを繰り返す。

あなたは今、どちらに向かっているだろうか。

「最近、部下が言うことを聞かなくなった」と感じているなら、一度立ち止まってほしい。問題はどちら側にあるのか。その問いを持ち続けられる人間が、本当の意味で「海外で成長した人材」になれる。


この記事は「新任駐在員に伝えておきたい100のこと」シリーズの一部です。東南アジアでの職場・生活・ビジネスについて、10年以上の経験をもとに発信しています。

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kiwami
海外在住経験を活かし、海外移住をもっと広めたい。 旅行、スポーツ、写真などのネタを投稿

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