働き方

「怒鳴られて当たり前、が当たり前じゃなかった——東南アジアの職場で気づいた、日本の職場の異常さ」

上司に怒鳴られた日のことを、今でも覚えているだろうか。

会議室に呼ばれて、全員の前で詰められた日。「なんでこんなこともできないんだ」と言われた日。帰り道、駅のホームで何も考えられなくなった日。

そのとき、あなたはきっとこう思ったはずだ。「自分がダメなんだ」と。

でも、違う。

東南アジアで7年間働いてわかったことがある。あの「当たり前」は、世界では当たり前じゃなかった。あなたが感じていたモヤモヤは、正しかった。


目次

  1. 日本の職場の”普通”という名の抑圧
  2. 態度・時間で減点する評価制度の歪み
  3. 仕事ができない管理職が若手の芽を摘む構造
  4. 海外子会社という「無法地帯」
  5. 海外に放置される「昭和型管理職」という病
  6. 東南アジアで受けたカルチャーショック
  7. なぜ日本だけこうなったのか
  8. 「我慢」を美徳にした代償
  9. まとめ——あなたのモヤモヤは正しかった

日本の職場の”普通”という名の抑圧

日本の職場には、長年「普通」として受け入れられてきた慣行がある。

人前での叱責。大声での怒鳴り。「詰め」と呼ばれる追い込み型の会議。終わらない残業。有給を取ることへの罪悪感。上司より先に帰れない空気。

これらは「厳しい指導」「熱心な教育」として長らく正当化されてきた。そして多くの人が、それを「社会人とはそういうものだ」と学習し、内面化していった。

だが、少し立ち止まって考えてほしい。

他人を傷つけても許される場所が「職場」だとしたら、それはおかしくないか。怒鳴ることが「愛情」と呼ばれる文化が、正常だといえるのか。

答えは、ノーだ。


態度・時間で減点する評価制度の歪み

日本の職場でもうひとつ根深い問題がある。それは「何をやったか」より「どう見えるか」で評価される文化だ。

定時に上がると「やる気がない」と見られる。上司より先に帰ると「空気が読めない」と言われる。有給を使い切ると「常識がない」と囁かれる。逆に、深夜まで残っていれば「頑張っている」と評価される——たとえ何も生産していなくても。

これは評価制度の問題というより、思考停止の問題だ。

成果を測るのは難しい。でも、時間や態度を測るのは簡単だ。だから多くの管理職は、楽な方法で部下を評価する。「あいつは早く帰る」「あいつは返事が遅い」「あいつは表情が暗い」——そんな基準で、人のキャリアが左右されていく。

結果として起きることがある。真面目に成果を出している人が正当に評価されず、上司の顔色を読むのがうまい人間が出世していく、という逆転現象だ。


仕事ができない管理職が若手の芽を摘む構造

ここに、日本の職場が抱える最も深刻な構造的問題がある。

仕事ができない管理職ほど、部下の「態度」や「従順さ」にこだわる。

なぜか。自分がアウトプットで勝負できないからだ。成果で部下を圧倒できないから、権威と恐怖で支配しようとする。部下が自分より優秀になることを、本能的に恐れる。

だから、優秀な若手ほど潰される。意見を言えば「生意気だ」と言われる。新しいやり方を提案すれば「余計なことをするな」と言われる。結果を出しても、「プロセスが違う」と言われる。

これが組織の慢性病になっている。

優秀な人材は去り、従順な人材だけが残る。そしてその従順な人材が管理職になり、また次の世代の芽を摘む——この負のサイクルが、何十年も続いてきた。


海外子会社という「無法地帯」

さて、ここからは少し視点を変えよう。

「日本の職場がそんなにひどいなら、海外に出れば解放されるのでは?」と思う人もいるかもしれない。

残念ながら、話はそう単純ではない。

東南アジアの日系企業の現場を見てきた者として言わせてもらうと、海外子会社は日本本社よりもひどい環境になっていることがある。

理由は単純だ。本社の目が届かないからだ。

日本本社から物理的に遠く、タイムゾーンも違い、言語の壁もある。現地で何が起きているか、本社の人事部はほとんど把握できていない。そのため、現地のトップに権力が集中し、チェック機能が働かなくなる。

権力の集中と監視の欠如——これは、どんな組織でも腐敗の温床になる。

実際に見てきたことがある。日本では絶対に許されないような言動が、「ここは海外だから」という暗黙の了解のもとで罷り通っていた現場を。ローカルスタッフが次々と辞めていくのに、本社には「現地スタッフの質が低い」という報告だけが上がっていた現場を。


海外に放置される「昭和型管理職」という病

そして、この問題をさらに深刻にする構造がある。

日系企業の海外子会社には、「日本では使いどころがないが、かといってクビにもできない」という人物が送り込まれることがある。

昭和的なマネジメントスタイルしか知らない。部下を怒鳴ることが指導だと信じている。成果よりも自分への忠誠心を求める。日本の本社ではすでに居場所がない。

そういう人物が、海外子会社のトップや幹部として赴任してくる。

現地では「日本本社の代表」として権力を持ち、本社からは遠く離れているため誰も止めない。ローカルスタッフは辞めていく。若手の日本人駐在員は萎縮する。組織は機能不全に陥る。

だがそれでも、その人物は「自分のやり方が正しい」と信じ続ける。なぜなら、誰も正面から指摘しないからだ。

これは笑い話ではない。現実に起きていることだ。そして被害を受けるのは、ローカルスタッフと、夢を持って海外に赴任してきた若い日本人駐在員だ。


東南アジアで受けたカルチャーショック

話を戻そう。私が東南アジアで働き始めて、最初に受けたカルチャーショックのひとつが、「人前での叱責」に対するローカルスタッフの反応だった。

ある会議でのことだ。日本人の上司が、ローカルスタッフのミスを全員の前で強い口調で指摘した。日本の感覚では「よくある光景」だった。

だがそのあと、場の空気が凍りついた。

ローカルスタッフたちは無言になり、その日の午後から明らかにパフォーマンスが落ちた。指摘されたスタッフは翌週から欠勤が増え、その翌月に退職した。

後で別のローカルスタッフに聞いた。「あの場面を見て、どう感じたか」と。

返ってきた答えは、こうだった。「恥をかかされた人は、もうここでは働けない。私たちも、いつああなるかわからないと思った」

東南アジアの多くの文化では、人前で恥をかかせることは、取り返しのつかない侮辱だ。「厳しい指導」ではなく、「人格への攻撃」として受け取られる。

日本では当たり前に行われてきたことが、グローバルスタンダードでは完全にアウトだということを、そのとき身をもって理解した。


なぜ日本だけこうなったのか

では、なぜ日本だけがこのような職場文化を持つようになったのか。

ひとつは戦後の集団主義と軍隊的な組織文化の影響だ。戦後の高度経済成長期、日本企業は「会社という共同体」のために個人が犠牲になることを美徳とした。上意下達、階層構造、服従——これらが組織の効率を生む、と信じられていた。

もうひとつは学校教育だ。日本の学校は長らく「正解を出すこと」と「集団に従うこと」を重視してきた。異を唱えることは「問題児」の行動とされ、従うことが「良い子」の証明だった。この価値観がそのまま職場に持ち込まれた。

そして終身雇用という制度が、これを固定化した。会社を辞めにくい環境では、理不尽な扱いを受けても「我慢するしかない」となる。我慢した人間が管理職になり、「自分も我慢したのだから、お前も我慢しろ」という連鎖が生まれた。

悪意があったわけではない。ただ、誰も疑わなかっただけだ。


「我慢」を美徳にした代償

その代償は、今になって明確に現れている。

日本の労働生産性はG7最下位水準が続いている。優秀な若者ほど海外に出ていく。メンタルヘルスの問題を抱える社員は増え続けている。そして企業の競争力は、じわじわと失われていった。

「厳しく鍛えれば強くなる」という信仰のもとで、実際には多くの人材が潰され、組織の創造性が失われ、変化への適応力が削がれていった。

我慢を強いる文化は、決して強い組織を作らない。恐怖で動く組織は、恐怖がなくなると動かなくなる。

東南アジアで優秀なローカル人材と仕事をしてきた経験からいえば、彼らのモチベーションの源泉は「怒られないこと」ではなく「認められること」「成長できること」「公平に扱われること」だった。それは日本人も同じはずだ。


まとめ——あなたのモヤモヤは正しかった

最後に、もう一度最初の問いに戻りたい。

あなたが感じていたモヤモヤ。あの職場は何かがおかしい、という感覚。自分がダメなのか、それとも環境がおかしいのか、という迷い。

答えは、環境がおかしかった。

怒鳴ることは指導ではない。人前で恥をかかせることは教育ではない。成果より態度を評価することは公平ではない。そして、そういう文化を「当たり前」として内面化させることは、暴力の一形態だ。

世界を見れば、それははっきりわかる。人前での叱責が当たり前の職場など、グローバルスタンダードでは存在しない。

あなたが感じていた違和感は、正常な感覚だった。その感覚を大切にしてほしい。

そして、もし今あなたが管理職の立場にあるなら——ひとつだけお願いがある。

部下を怒鳴る前に、一呼吸おいてほしい。それは本当に必要か。それは相手のためか、それとも自分のストレス発散か。その一呼吸が、誰かの職場を少し変えるかもしれない。


この記事は「新任駐在員に伝えておきたい100のこと」シリーズの一部です。東南アジアでの職場・生活・ビジネスについて、10年以上の経験をもとに発信しています。

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