生活

1つの会社、4つの結論:TSC事件で学ぶ法人の刑事責任の当てはめ

前回は、法人の刑事責任のモデルを比較しました。今回は、授業で使った架空の事例(TSC事件)を、タイ法の3類型に沿って解きます。同じ会社の中で起きた4つの問題行為が、条文の書き方によって、会社に帰属したり、しなかったりします。

学習メモです。事例・条文・結論は、授業の事例問題と模範解答に基づきます。法的助言ではありません。日本法との比較は、今回は省いています。

1. 事案のあらすじ

TSCは、旅行アプリを運営する株式会社(public limited company)です。業績が悪化する中、社内で次の4つの出来事が起きます。

場面何が起きたか登場人物
① 電気メーターソフトウェア技術者Aが、会社のためを思い、電気メーターのケーブルを細工して、電力使用量を少なく記録させた。取締役D1は、電気代の10%減を怪しんだが、取締役会では何も言わなかった。A、D1
② 付加価値税(VAT)経理部長Bが、6か月間、売上を実際の半分で申告した。取締役D3は、申告額が合わないと気づいたが、「政府に払うより節約したほうがよい」と考えて黙っていた。B、D3
③ 贈賄取締役D2が、保健省の5,000万バーツの入札で、選定委員会に賄賂を渡す案を出した。D1とD3は、記録上は反対したが、「好きにやってよい」と任せた。D2はコンサル会社GAの常務取締役Mに依頼し、Mが200万バーツを委員会の委員長に渡した。GAの報酬は契約額の5%。D1〜D3、M、GA
④ インサイダー取引Mは、賄賂を渡した当日、TSC株1,000株を買った。偶然、Bも、事情を知らないまま、老後資金としてTSC株50株を買った。M、B

問われるのは、TSC、A、B、D1、D2、D3、GA、Mの8者の刑事責任です。

2. 当てはめの順番:3つのステップ

法人が絡む事例は、次の順に考えると迷いません。

  • ステップ1:条文の主語を見る。「誰でも(Whoever)」か、「特定の属性を持つ者」か、「法人そのもの」か。これで3類型のどれかが決まる。
  • ステップ2:帰属のルールを当てはめる。類型③なら、行為者が代表者かどうか。類型②なら、行為者が職務の範囲内で、会社の利益のために行為したかどうか。
  • ステップ3:構成要件を確認する。行為と故意(または過失)、違法性・責任の阻却事由があるかどうか。

個人(A、B、Mなど)は、通常どおりステップ3だけで考えます。ステップ1と2は、法人の責任を考えるときの追加の関門です。

3. ① 電気メーター:会社は無罪

Aは窃盗罪(刑法334条)で有罪

Aは、他人の財物(電気)を、故意に、不正に取っています。窃盗罪(theft)の要件を満たし、違法性・責任を阻却する事情もありません。

TSCは無罪

334条は「Whoever」で始まる類型③です。タイの最高裁は、民商法典70条2項を根拠に、代表者の行為と認識だけを会社のものとします(同一視理論)。しかし、Aは技術者で、代表者ではありません。

代表者である取締役はどうでしょうか。D1は、電気代の減少を怪しみましたが、窃盗に関与しておらず(因果関係なし)、故意もありません。しかも、TSCの代表は、D1、D2、D3の共同代表です。1人だけでは会社を代表せず、D1の認識を会社のものとはできません(最高裁4207/2543)。したがって、TSCは窃盗罪に問われません。

ポイント:会社のためを思って従業員がやった犯罪でも、類型③では、従業員の行為は会社に帰属しません。

4. ② VAT:会社は有罪、個人Bは無罪

Bは無罪

歳入法90/4(6)の主体は、「登録事業者(registered business operator)」です。Bは経理部長にすぎず、事業者本人ではありません。条文上の主体にあたらないので、Bは無罪です。

TSCは有罪(類型②)

この条文は、特定の属性(登録事業者)を持つ者に向けられた類型②です。類型②では、代位責任が適用されます。Bは、TSCのために、職務の範囲内で行為しました。TSCは登録事業者で、Bは虚偽の売上を申告し、VAT逃れの故意もありました。この条文は故意を要求するので、故意のある代位責任(fault-based vicarious liability)です。TSCは有罪です。

ポイント:同じ「会社のために従業員がやった」事例でも、電気窃盗は無罪、VAT逃れは有罪。違いは、条文の主語が「誰でも」か「登録事業者」かだけです。

取締役D1〜D3:旧90/5条は違憲

事例の条文(旧90/5条)は、法人が犯した罪について、取締役が「関与していないことを自分で証明」しない限り、同じ刑罰を受けるとします。これは、立証責任を被告人に転換するもので、憲法29条2項の無罪推定に反します。憲法裁判所は、同種の規定を違憲としています(12/2555など)。違憲の規定は、憲法5条により適用できないので、D1〜D3は、この条文では責任を負いません。

この旧90/5条は、すでに改正されています。事例では、学習のために使われています。

5. ③ 贈賄:個人も会社も有罪

M、D1〜D3は汚職防止法176条1項で有罪

公務員に財産上の利益を提供し、不正な職務行為を促した者は処罰されます。Mは、賄賂を渡しました。D2は、それを依頼しました。D1とD3は、反対だと記録に残しつつ、D2に「好きにやってよい」と任せています。模範解答は、D1〜D3とMを、刑法83条の共同正犯とします。ただし、D1とD3の「反対の記録」は評価が分かれうる点で、答案では触れる価値があります。

TSCとGAは176条2項で有罪

176条2項は、会社に関係する者(権限の有無を問わない)が会社の利益のために贈賄し、会社に適切な内部統制措置がなかったときに、会社自身を処罰します。ここでは、帰属の議論(代表者かどうか)は要りません。要件は3つです。

要件TSCGA
会社に関係する者が176条1項の罪を犯したD1〜D3(+)M(+)
会社の利益のためだった政府契約の獲得(+)契約額の5%の報酬(+)
適切な内部統制措置がなかった事実の記載なし。ただし、ありそう(+)事実の記載なし。ただし、ありそう(+)

内部統制の有無は、事例に書かれていません。答案では、「事実から明らかではないが、取締役会が贈賄を黙認しているので、適切な措置はなかったと考えられる」のように、推測であることを明示して結論を出すのがよいでしょう。

6. ④ インサイダー取引:Mだけが有罪

対象結論理由
M有罪TSCの落札を高い確率で知りながら、株を買った(証券取引法296条・242条1号)。
B無罪取締役や従業員などは内部情報を知っていたと推定される(243条)が、Bは事実自体を知らない。推定が働く場面ではない。
GA無罪296条・242条は類型③。Mは代表者だが、株の購入はGAの利益のためではない。

ポイント:Mが贈賄をしたことはGAの利益になる(176条2項で有罪)が、株の購入はM個人の利益です。同じ人の行為でも、行為ごとに、会社への帰属を別々に考えます。

7. 結論の一覧

行為者① 電気窃盗② VAT逃れ③ 贈賄④ インサイダー
TSC無罪(類型③)有罪(類型②)有罪(176条2項)—
A有罪———
B—無罪—無罪
D1〜D3無罪無罪(旧90/5条は違憲)有罪(176条1項、83条)—
GA——有罪(176条2項)無罪
M——有罪(176条1項)有罪

8. 実務へのポイント

  • 条文の主語を確認する。会社の責任範囲は、条文の主語で変わります。社内の点検も、会社に直接責任が及ぶ条文から優先できます。
  • 取締役の「黙認」は危険。D1とD3は、反対を記録に残しましたが、任せた時点で共同正犯とされました。反対するなら、止める措置まで取る必要があります。
  • 内部統制は、会社を守る最後の砦。176条2項は、内部統制の欠如が会社処罰の要件です。贈賄防止の仕組み(方針、研修、第三者の管理)を整えておけば、従業員の違反があっても、会社を処罰する要件を満たさなくなります。
  • 第三者(代理人・コンサル)の管理。GAは、会社のために贈賄し、報酬を得ていました。第三者に「何をしてもよい」と任せることが、会社の責任につながります。

TSL事件など、模範解答のない事例については、条文の分類が学者や先生によって分かれる可能性があります。この記事の結論は、TSC事件の模範解答に基づくものです。

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kiwami
【運営者プロフィール】 GJS(ジージェーエス) タイ在住5年半。日本・米国・シンガポール・タイの4カ国で計17年にわたり国際法務・コンプライアンス実務に従事。現在は東南アジアの最高峰・タマサート大学院(LL.M.)に在学中。 これまで20カ国以上を渡航。「人との対話や文化へのリスペクト」を重んじる旅を追求。バスケ、サッカー、野球、F1といったスポーツビジネスや、異文化における論理的思考(ディベート)・コミュニケーション術についての知見も発信中。 日・英・タイ語のトリリンガル|タマサート大学院(LL.M.)在学中
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