タイの大学院の刑法の授業で、「会社(法人)に刑事責任を負わせるべきか。負わせるなら、誰の行為を会社のものとするのか」を学びました。復習で自分の意見まで言えるように整理したので、記録として残します。
1. 出発点:会社には心も体もない
会社は、自分で手を動かしたり、何かを意図したりできません。実際に行為するのは、いつも人です。だから法人の刑事責任では、誰の行為と認識を、会社のものとみなすか(帰属)が中心の問題になります。
授業では、次の3つの問いが示されました。
- 必要性: 公共政策の目的を達成するために、法人処罰は必要か。
- 整合性: 個人の意思と責任非難を前提とする刑法と、両立するか。
- 刑罰の目的: 抑止や応報といった刑罰の目的に、役立つか。
国際的には、OECD外国公務員贈賄防止条約(1997年)や国連腐敗防止条約(UNCAC、2003年)が、「効果的で、均衡がとれ、抑止力のある制裁」を法人にも求めています。ただしUNCAC26条は、その責任が刑事・民事・行政のいずれでもよいとしています。つまり、国際条約は刑事責任そのものを強制しているわけではありません。
2. 帰属の4つのモデル
授業で整理された代表的なモデルは、次の4つです(★Gobertの論文の整理に沿っています)。
| モデル | 内容 | 強み | 弱み |
|---|---|---|---|
| 代位責任 (vicarious liability) | 従業員の行為が、会社の利益のために、職務の範囲内で行われたなら、会社に帰属させる。米国・英国が起源。 | 立証しやすく、大きな会社でも捕捉できる。 | 会社に落ち度がなくても処罰されうる。免責(コンプライアンス抗弁)で範囲を絞る設計もある。 |
| 同一視理論 (identification) | 代表者を会社の「頭脳」とみなし、その行為と認識だけを会社に帰属させる。1944年の英国の判例が起源。 | 会社自身の意思として説明しやすい。 | 大企業では、違法行為は代表者より下で起きる。範囲が狭すぎる。 |
| 集合理論 (aggregation) | 複数の従業員の知識を合算して、会社の認識とみなす。米国のBank of New England事件(1987年)。 | 知識が分散した組織を捕捉できる。 | 会社自身の落ち度との結びつきが弱い。 |
| 企業文化型 (corporate culture) | 犯罪を助長した企業文化や、統制の不作為そのものを会社の落ち度とする。豪州刑法12.3条、英国2007年法人故殺法1条など。 | 会社自身の落ち度を直接問える。個人への二重の帰属が不要。 | 「文化」の定義と立証が難しい。英国の法人故殺法は、上級管理職の関与も要求している。 |
3. タイ法の現在地
一般規定がないまま、最高裁が進めた
タイの刑法典には、法人の刑事責任の一般規定がありません。1956年の刑法典制定の際、議会は一般規定を設けることを拒みました。ところが1963年に、最高裁が全員合議体の判決(787-788/2506)で、民商法典70条2項(法人の意思は、その代表者を通じて表示される)を根拠に、同一視理論を導入しました。「議会が拒んだものを、最高裁が進めた」という構図が、タイの特徴です。
条文の主語で、3つの類型に分かれる
現在は、犯罪の条文が誰に向けられているかで、帰属の仕方が変わります。
| 類型 | 条文の主語 | 帰属のルール | 例 |
|---|---|---|---|
| ① | 法人そのもの(Any company which…) | 厳格代位責任 | 株式会社法200・201条 |
| ② | 特定の属性を持つ者(製造者、登録事業者など) | 代位責任(厳格、または故意・過失を要する) | 歳入法90/4(6)、医療機器法88条 |
| ③ | 誰でも(Whoever) | 同一視理論(民商法70条2項) | 刑法274条(商標)、334条(窃盗) |
授業で使った事例で見ると分かりやすいです。ソフトウェア技術者が電気メーターに細工して電気を盗んだ場合、窃盗(334条)は③で、技術者は代表者ではないので、会社には帰属しません。一方、経理部長が売上を半分に偽って申告した場合、歳入法の条文は「登録事業者」という属性に向けられた②で、職務の範囲内で会社の利益のために、脱税の意図をもって行われたので、会社に帰属します。同じ会社の違反でも、条文の主語で結論が分かれます。
同一視理論の4つの問題
- 罪刑法定主義:刑法典に規定がなく、民法の規定で刑事責任を認めている。
- 過失犯:70条は「意思の表示」を前提とするが、過失には意思がない。サイアムガス事件(3446/2537)や、ナイトクラブ火災のサンティカ事件(8565-8566/2558)で、最高裁は理論的な根拠を示さないまま、法人を過失犯で有罪にした。
- 範囲が狭い:代表者は取締役会、常務取締役と、判例で広げられたマネージャーなどに限られ、代理人・従業員・請負人は含まれない。
- 共同正犯:法人と代表者を、刑法83条の共同正犯とする判例が続くが、法人の故意は代表者の借り物なので、意思の連絡が成り立たない。
4. 新しい型:汚職防止法176条2項
2018年の汚職防止法176条2項は、同一視理論とは違う型を採っています。会社が処罰されるのは、次の3つが揃ったときです。
- 会社に関係する者(従業員、代理人、関連会社など、権限の有無を問わず会社のために行為する者)が、176条1項の贈賄をした。
- その行為が、会社の利益のためだった。
- 会社に適切な内部統制措置がなかった。
罰金は、損害または利益の1〜2倍です。代表者に限らず、従業員や外部の代理人の行為でも会社が責任を負う点で、同一視理論より範囲が広く、しかも「内部統制がなかった」という会社自身の落ち度を要件にしています。英国贈収賄法7条(会社が「適切な手続」を整えていたことを証明すれば免責される抗弁)と、同じ発想です。
5. 私の意見:代位責任に、会社の落ち度を組み合わせる
私は、代位責任を基本にして、そこに176条2項のような会社の落ち度(内部統制)の要素を組み合わせるモデルを支持します。
理由1:立証しやすく、範囲が広い
代位責任は、行為者が職務の範囲内で、会社の利益のために行為したことを示せば足ります。一方、同一視理論は代表者に限られます。大企業で違法行為が起きるのは、ふつう現場に近い従業員や管理職です。電気窃盗の技術者のように、現場の行為が会社に結びつかないのは、不自然だと思います。企業文化型は、会社自身の落ち度を直接問えますが、「文化」の定義と立証が難しいという弱点があります。
理由2:会社の責任は、従業員の問題だけではない
従業員が違法行為をしたとき、それは従業員個人の問題にとどまりません。従業員が守るべきルールや、組織の文化を整える責任は、会社にあります。176条2項が内部統制の有無を問うのは、この考え方に沿っています。
最強の反論:落ち度のない会社まで処罰される
代位責任の最大の問題は、従業員が勝手に違反したのに、会社に落ち度がなくても処罰されることです。「落ち度のない者は処罰しない」という責任主義に反します。
結論:落ち度を、要件か抗弁の形で組み込む
この反論には、会社の落ち度を何らかの形で組み込むことで応えられます。タイの176条2項は、内部統制の欠如を有罪の要件にしています。英国7条は、適切な手続を整えていたことを会社が証明する抗弁にしています。この2つが、組み込み方の見本です。
残る課題は、立証責任をどちらに置くかです。抗弁型にすると、会社が自分で立証する負担を負います。これは、取締役に「自分が関与していないことを証明しない限り有罪」と定めた旧規定が、無罪推定に反するとして違憲とされた(憲法裁判所12/2555、2012年)のと、同じ緊張を生みます。タイの176条2項も、内部統制の欠如を誰が立証するのかが条文から明らかではなく、運用次第で同じ問題が生じえます。
6. まとめ
- 法人の刑事責任の中心は、「誰の行為と認識を会社のものとみなすか」。
- モデルは、代位責任、同一視、集合、企業文化型の4つ。それぞれ長所と短所がある。
- タイは、一般規定がないまま最高裁が同一視理論を進め、現在は条文の主語で3類型に分かれる。
- 176条2項は、従業員の行為でも、会社の内部統制の欠如を要件に責任を問う、新しい型。
- 私の意見は、代位責任に会社の落ち度を組み合わせる。残る課題は、立証責任の置き方。
次回は、事例(TSC事件)の当てはめを、条文の主語で順に解く形で書く予定です。
