働き方

『なんで?』で止まるか、『なぜそうなのか』まで考えるか—カルチャーギャップを武器にする思考法

同じ場面を見ても、感じ方がまったく違う人がいる。

会議中にスマホをいじるタイ人スタッフを見て、「失礼だ」と感じる駐在員がいる。一方、「なぜこの国ではそれが許容されるのだろう」と考える駐在員もいる。

前者はストレスをためて終わる。後者はその国を少し深く理解して終わる。

この差は、頭の良さでも経験の長さでもない。「なんで?」で止まるか、「なぜそうなのか」まで掘り下げるか——ただそれだけの違いだ。

東南アジアで10年以上働いてきた中で、この思考の差が、駐在員としての成長を大きく分けることを何度も目撃してきた。今日はその「掘り下げる思考法」について書きたい。


目次

  1. カルチャーギャップの正体
  2. 事例①:タイの「サヌック」文化——なぜタイ人は仕事中でも笑っているのか
  3. 事例②:シンガポールの「キアス」文化——なぜシンガポール人はあれほど競争的なのか
  4. 事例③:日本の「同調圧力」——外から見て初めてわかる異質さ
  5. 違いを生み出すものを探る「思考フレーム」
  6. この思考法がキャリアと人間関係を変える
  7. まとめ——「なぜ?」を問い続けることが最高のスキル

カルチャーギャップの正体

カルチャーギャップとは何か。一言で言えば、「自分の常識が通じない瞬間」だ。

だが、ここで重要なのは、「通じない」のはなぜかということだ。相手が間違っているからではない。相手が育ってきた環境、歴史、宗教、経済状況、地理的条件——それらすべてが積み重なって、今の行動様式が生まれている。

人間の行動は真空の中で生まれるわけではない。何百年にもわたる歴史の産物だ。タイ人がそう行動するのには理由がある。シンガポール人がそう考えるのには理由がある。そして日本人がそう感じるのにも、理由がある。

その理由を探ることが、カルチャーギャップを「壁」から「窓」に変える第一歩だ。


事例①:タイの「サヌック」文化——なぜタイ人は仕事中でも笑っているのか

タイ語に「サヌック(สนุก)」という言葉がある。「楽しい」「楽しむ」という意味だが、タイ文化においてこの概念は非常に重要な位置を占めている。

タイ人にとって、「楽しくないことをする」ことへの抵抗感は、日本人が想像するよりはるかに強い。仕事も、できれば楽しくなければならない。楽しくない仕事は長続きしない。

これを「不真面目だ」と感じる日本人駐在員は多い。だが、なぜタイ人がそう考えるのかを掘り下げると、興味深い背景が見えてくる。

タイは長い歴史の中で、東南アジアで数少ない「植民地支配を受けなかった国」だ。自国の文化と価値観を外部から強制されることなく守り続けてきた。「自分たちのやり方で生きる」という気概が、文化の底流にある。

さらに、上座部仏教の影響も大きい。現世での苦しみを最小化し、心の平穏を保つことが重要な価値観とされている。苦しんで働くことを美徳とする文化とは、根本的に異なる土台の上にある。

「なぜ笑っているのか」——その答えは、タイの歴史と宗教の中にあった。


事例②:シンガポールの「キアス」文化——なぜシンガポール人はあれほど競争的なのか

シンガポールに駐在したとき、最初に感じたのは「みんな、やたらと競争的だな」ということだった。

シンガポール英語のスラングに「キアス(Kiasu)」という言葉がある。福建語由来で、「負けることを恐れる」「損をしたくない」という意味だ。列に割り込む、バーゲンセールで必死になる、子どもの教育に異常なほど投資する——これらすべてが「キアス」の表れだと言われる。

なぜシンガポール人はこれほど競争的なのか。

答えは、シンガポールという国の成り立ちにある。1965年、マレーシアから突然独立させられた都市国家は、天然資源もなく、農業もできない小さな島だった。生き残るためには、人材しかなかった。教育に投資し、競争に勝ち、経済成長を続けるしかなかった。

その生存戦略が、50年以上かけて国民の価値観に刷り込まれた。「負けたら終わり」という恐怖は、歴史的な必然から生まれた合理的な反応だった。

「なぜあんなに競争的なのか」——その答えは、建国の歴史の中にあった。


事例③:日本の「同調圧力」——外から見て初めてわかる異質さ

海外で長く働いて気づくことがある。日本が、実はかなり特殊な国だということだ。

「出る杭は打たれる」「空気を読む」「みんなと同じであることが安全」——これらは日本人にとっては当たり前の感覚だが、東南アジアや欧米の人々からすると、非常に奇妙に映ることがある。

なぜ日本にこれほど強い同調圧力があるのか。

一つは、島国という地理的条件だ。逃げ場のない閉じたコミュニティでは、集団との摩擦を最小化することが生存戦略になる。村八分は文字通り生死に関わった。

もう一つは、稲作文化だ。水田農業は集団での共同作業が不可欠だ。個人の利益よりも集団の協調を優先する価値観が、数千年かけて形成された。

そして戦後の経済成長が、この傾向を強化した。均質な労働力が大量生産を支え、「みんな同じ」であることが経済的合理性を持っていた時代があった。

バンコクやシンガポールで働いて初めて、「日本の当たり前」が当たり前ではないことに気づく。その気づきは、日本を客観的に見る目を与えてくれる。


違いを生み出すものを探る「思考フレーム」

では、カルチャーギャップに直面したとき、どのように「なぜ?」を掘り下げればいいか。

私が使っている思考フレームは、以下の軸で考えることだ。

① 歴史——その国は何を経験してきたか

植民地支配を受けたか。戦争でどちら側にいたか。独立はいつか。隣国との関係はどうか。歴史的なトラウマや誇りが、現在の行動様式に色濃く影響していることが多い。

② 宗教——何を信じ、何を恐れているか

仏教、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教——それぞれの宗教観が、時間の使い方、死生観、他者への態度に深く影響する。タイの仏教的な「今を生きる」感覚と、シンガポールの儒教的な「将来への投資」感覚は、根本的に異なる。

③ 地理・気候——どんな環境で生きてきたか

熱帯の国では、体力を消耗しないことが合理的だ。一年中食べ物が手に入る環境では、蓄積への執着が薄くなる。島国か大陸国かでも、外部への開放性が変わる。

④ 経済格差——誰が豊かで誰が貧しいか

格差の大きな社会では、「出身」が行動を規定する。タイの社会では、生まれた家庭の経済状況が、その人の人生の軌道を大きく左右する。それが「コネ社会」と言われる現象の背景にある。

⑤ 言語——何語で考えているか

言語は思考の枠組みを決める。タイ語には「主語」を省略する文化がある。これが「誰が責任をとるか」が曖昧になりやすいコミュニケーションスタイルに影響している、という見方もある。

これらの軸を使って「なぜそうなのか」を考えると、多くのカルチャーギャップに合理的な説明がつく。すべてがわかるわけではないが、少なくとも「相手がおかしい」という結論からは遠ざかれる。


この思考法がキャリアと人間関係を変える

「文化の違いを生み出す背景を考える」——これは単なる知的趣味ではない。実際のキャリアと人間関係に大きな影響を与える。

まず、ローカルスタッフとの信頼関係が変わる。相手の行動の背景を理解しようとする姿勢は、必ず伝わる。「この人は私たちのことをわかろうとしている」と感じると、ローカルスタッフは驚くほど心を開く。

次に、問題解決の精度が上がる。表面的な症状だけを見ていると、対症療法しかできない。だが文化的な背景を理解すると、根本原因にアプローチできる。「なぜ報告が遅いのか」の背景を理解していれば、「報告しやすい環境を作る」という本質的な解決策にたどり着ける。

そして、自分自身の視野が広がる。他の文化を深く理解することは、自分の文化を客観的に見る目を養う。「日本の当たり前」が「世界の当たり前」ではないことを知ることで、より柔軟な思考ができるようになる。

文化考察ができる人材は、グローバルなビジネス環境において希少だ。それはどんな資格よりも、実際の現場で力を発揮する。


まとめ——「なぜ?」を問い続けることが最高のスキル

カルチャーギャップは、異文化の中で働く限り、永遠になくならない。

だが、それを「壁」と感じるか「窓」と感じるかは、自分次第だ。

「なんで?」で止まれば、ストレスだけが残る。「なぜそうなのか」まで考えれば、その国の歴史、宗教、地理、経済が見えてくる。そしてその理解が、信頼関係を生み、問題解決を助け、自分自身を成長させる。

東南アジアで長く働いてきた中で、最も得られたものは何かと問われれば、迷わずこう答える。

「違いに面白さを感じる力」だ。

その力は、どこに行っても通用する。そして一度身につければ、一生失われない。


この記事は「新任駐在員に伝えておきたい100のこと」シリーズの一部です。東南アジアでの職場・生活・ビジネスについて、10年以上の経験をもとに発信しています。

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