半分自分のメモ用として標記の件について書くとする。私は、10年以上一貫して法務に携わっているが、東南アジアとなると、当然ながら日本とは違った法務・コンプライアンスリスクがある。今回は、これからHOTな東南アジア地域でどのような施策を打っていけば法務・コンプライアンスリスクを抑えられるか考えてみたい。
なお、本稿で言う東南アジアとは、これらの国を指す:
- シンガポール
- マレーシア
- インドネシア
- タイ
- ベトナム
- フィリピン
- ラオス
- ミャンマー
- カンボジア
教育
法務教育
ここでいう法務教育とは、主に契約作成、チェックについてであり、広くは債権回収や損害賠償対応なども含む。
東南アジアと聞くと真っ先にコンプライアンスを思い浮かべる人もいるけれども、法務教育も依然として重要である。東南アジアでは、そもそも契約書なしで、口頭のみまたはPurchase Orderのやりとりだけで取引をしていることが多数見受けられる。もちろん、口頭のみであっても合意、契約といえることもある。しかし、やはり口頭だけでは言った、言わないの議論になるし、POのやりとりだけでは値段や引き渡し条件などしか書かれておらず細かい取り決めがされていないので、紛争に発展しやすい。
この観点から重要になるのは、契約書を交わすことの重要性をトップ、管理職が理解することである。本当は全員に理解してもらうのがよいのだけれど、人数が多いなどで難しい場合は、管理職だけでもよい。日本人からすれば、「契約書を結ぶ」という至極あたりまえのことを現地の人に理解してもらうことが何よりも先決だ。
損害賠償・債権回収
損害賠償や債権回収についても東南アジア独特のリスクがある。いい加減な契約を結んでいれば、損害賠償額が高額になる。客先が強ければ大概の契約では、損害賠償額の上限が定められておらず、また賠償範囲の限定もないので、あっという間にものすごい金額になる。契約において損害賠償の範囲を限定しておくとともに、実務においても対策をあらかじめ立てておくことが重要になる。
債権回収は、特にインドネシアなどで問題が多いように感じる。感覚的で申し訳ないけれども、東南アジアは全般的に支払いがいい加減だ。請求書に記載された支払いは遅れて当然のような風潮がどこかあるし、実際、Finance部門がわざと、優先順位をつけたうえで支払いを遅らせていることもあるらしい。そのようにして、キャッシュフローを改善しているという。
債権回収においては、契約書の内容だけではなんともならない。そもそもお金のない相手とは契約しないのが基本対策であり、契約の前段階でダンレポを入手する、ヒアリングするなどして相手のことを調べ上げる必要がある。営業部門は、売上を早くあげるためにこういったプロセスを疎かにしがちなので、改めて注意勧告しておく必要がある。相手を調べる際は、財務諸表などを調べるのでFinance部門との連携も重要になる。法務の仕事でないかもしれないが、横の連携をアシストすれば個人の力に依存せず、組織として機能改善につながるだろう。
コンプライアンス教育
もはや教育の定番である。改めて教育しなくても、最近は贈収賄や独占禁止法違反のニュースが流れているので、コンプライアンス意識は自然と高まっているといえる。では、こんな状況下、教育はどのように作りこんでいくべきか?
贈収賄 Anti-Bribery
最重要と考えるのが、贈収賄防止である。まずは、東南アジアでの腐敗度を確認すべく、Corruption Perceptions Indexというランキングにした指数をご覧いただきたい:
https://www.transparency.org/en/cpi/2019
Corruption Perceptions Index 東南アジアランキング
続いて、東南アジアの国を抜き出してランキングにしたので、次の表をご覧いただきたい。
国 | 順位(198か国中) | スコア(100点満点) |
シンガポール | 4位 | 85 |
マレーシア | 51位 | 53 |
インドネシア | 85位 | 40 |
ベトナム | 96位 | 37 |
タイ | 101位 | 36 |
フィリピン | 113位 | 34 |
ミャンマー | 130位 | 29 |
ラオス | 130位 | 29 |
カンボジア | 162位 | 20 |
ランキングについて若干の解説
このように見ると、シンガポールが圧倒的に腐敗度がない。ほぼ気にしなくてよいくらいだ。マレーシアも53点のスコアであり、油断できないが超心配するほどではない。だいたい50点を超えているかどうかを目安にしてリスク判断するのがよいと考えている。リスクアプローチベースで教育していくのが効率的だと考えるので、50点を満たしているかどうかを指標に教育計画を考えてみるのもよいだろう。なお、シンガポールの職場の雰囲気について別稿があるので、こういったことも参考にしながら、職場にコンプライアンス意識を浸透させていくことを考えていきたい。シンガポール職場の雰囲気 働きやすさ
国別にみていこう。はっきりいって、インドネシア以降の国は、超、超要注意だ。インドネシアは順位こそましに見えるが実態は相当である。賄賂が慣習化されているところがあり、従業員の考えを根本から変えていく必要がある。彼らは、賄賂を悪いと認識していないケースが多くみられる。
ベトナムもよくない。特にテトと呼ばれる旧正月では、贈り物の月餅の下にお金が入っているなど、時代劇で見るようなことを今現在行っているので驚きである。しかし、これもやはり慣習化しているところがあり、そう簡単にやめられない事情もあるのだろう。実際、簡単な贈り物をするくらいであれば贈収賄にはあたらないので、そのあたりの線引きをルール化して徹底していくのが良い。
タイやフィリピンも継続して良くない。ここ5年で改善が見られない。おそらく、公的機関が腐敗しており、民間企業もこれに従わざるを得ない状態になっているように思われる。何ともやりにくい状況ではあるが、たとえ公的機関が賄賂を要求したとしても、これに対応していては違法、個人への刑事罰もあるので、注意喚起を継続して促していきたい。
ミャンマー、ラオス、カンボジアについては、どこも同じようにスコアが良くない。そもそも経済が発展途中であり、昔ながらの贈収賄の習慣が残っているといえる。これらの国は貧しい国であるので、贈収賄で少しでもお金を手に入れたいという人が多いことも事実である。今後は、こうした国にも日本企業はどんどん入っていっているので、今でこそ事業リスクは小さいかもしれないが、将来に向けて特に大型プロジェクトにおいてコンサルに賄賂を贈ったりすることがないようウォッチしていく必要がある。
教育の方法
贈収賄の教育としては、拠点を回って直接対話・セミナーするか、オンラインでセミナーを開くことも今では可能である。全従業員を対象にやってると大変かつ効率が悪く、理解度も低くなるので、対象を幹部にしぼって彼らの興味を惹く内容にすると良い。例えば、ざっくり次のような内容だ:
- 対象者 : 子会社の社長と幹部(多くて10人)
- 時間 : 60分
- 講義の範囲: 法律・社内ポリシーの概要、具体的な違反事例と対策
- 講義の方法: 座学またはオンライン(Teams, Zoom)
- フォロー : アンケート、理解度テスト
競争法/独占禁止法 Competition Law
昨今ではカルテルなどの取り締まりが非常に厳しくなっている。東南アジアではあまり目立たないけれども、依然として大きい事例については当局も目をつける。東南アジアにおける事例であっても、アメリカやイギリス、中国に影響がある場合、その当局は東南アジアでも管理しようとしてくるので注意が必要だ。
競争法の教育活動
東南アジアにおいては、まず制定状況を確認し、どのような案件が摘発されているか確認しよう。外国企業(つまり日系企業を含む)は目をつけられやすいので、要注意。少し古いがJETROの次の資料も参考になる。
社内ポリシーも制定しておこう。現地の法律に照らして順守すべき事項を簡単にまとめておくだけでも、何かあったときのexcuseになる可能性がある。各国ごとにポリシーを作ってもよいが、外資系の会社は地域ごとにひとつのポリシーを作り、適用させていることが多い。
上記を行ったうえで、教育である。これも贈収賄と同様に、法律と社内ポリシーの概要、そして近年の摘発事例を紹介するのがよいだろう。そもそも、競争法上の懸念が理解できていない従業員が多いので、基本をおさえることが肝要だ。
周知活動
教育とは異なり、定期的に拠点に実際に訪問し、法務機能を周知することも重要である。拠点によっては、法務の存在を知らない、誰に相談すればよいかわからないということもあるので、定期的に訪れて様子をうかがうことも必要。さらに、トップや幹部との交流を深めることで、事前に相談してもらいやすし、リスクを事前に把握することも可能になる。
これとは別に監査は、監査部門が中心となり実施する必要がある。監査は、どちらかというと権威的で、監査を受ける側は何か問題を指摘されないかとびくびくしていることが多い。上記の定期訪問は、友好的な関係を構築するという目的があるので、目的をしっかりと設定したうえで実行していきたい。